「もう死なないで 準一」旧善波トンネルに残る事故と心霊の噂

「準一君トンネル」と呼ばれる旧善波トンネルとは

旧善波トンネルは、神奈川県秦野市と伊勢原市の境にある善波峠を貫く古い隧道です。国道246号の旧道区間にあたり、かつて峠道のすぐそばに「もう死なないで 準一」と書かれた看板が立っていたことから、「準一君道路」や「準一君トンネル」の通称でも呼ばれてきました。

このトンネルが掘られたのは1928年(昭和3年)のこと。コンクリート巻きの内部は昼間でも光が届きにくく、今でも薄暗さが残ります。この場所が心霊スポットとして広く知られるようになった背景には、一件の交通事故があったと伝えられています。

旧善波トンネル

旧善波トンネルがある場所

旧善波トンネルは、秦野市と伊勢原市の境をなす善波峠の国道246号旧道沿いにあります。現在の本線は北側の新善波トンネルへ移っており、旧トンネルはその脇の旧道に残されています。峠道のため公共交通でのアクセスはしづらく、車やバイクで訪れるのが一般的です。最寄りは小田急小田原線の東海大学前駅とされますが、そこからはかなり距離があります。


名称
旧善波トンネル(善波隧道)

所在地
神奈川県秦野市堀山下付近(伊勢原市境)

種別
トンネル(国道246号旧道・全長約158m)

周辺環境
善波峠の旧道沿い、丘陵地

現在の状況
通行可(徒歩・車)

旧善波トンネルが心霊スポットとして語られる理由

トンネルの坑口をくぐると、外の光は数歩で背中に遠のいていきます。足音はコンクリートの巻き立てに跳ね返り、自分の一歩が二重に聞こえてくるようです。まるで、後ろから誰かがついてくるような気配すら覚えます。

天井のあちこちからは、染み出した水が一定の間隔で路面を打っています。その一滴ごとの水音が壁面に反響し、静けさをかえって際立たせます。内壁に手のひらを近づけると、ひんやりと汗をかいたような湿り気があり、空気そのものが重く感じられるほどです。

抜けるだけならほんのわずかな158mですが、中ほどまで進むと昼でも足元の輪郭がぼやけてきます。前後を振り返っても、両側の出口の明るさだけが小さく遠くに浮かび、その中間に取り残されたような孤独感が襲ってきます。

このような重苦しい空間で語られてきたのが、過去の事故で亡くなったとされる少年の話です。深夜、トンネルの奥からバイクにまたがった人影が向かってきて、それを避けようとした車が今度は自分で事故を起こす……。そんな噂が、語り手を変えながら伝えられてきました。

語られる場所も、水音も、少年の影も、いつも判で押したように同じ姿をしている。それはいったい、なぜなのでしょうか。

旧善波トンネルの歴史 – 役目を終えた峠の隧道

善波峠には、古くから秦野と伊勢原を結ぶ道が通っており、1928年(昭和3年)には峠を短絡する善波トンネルが開通しました。全長はおよそ158m。1956年(昭和31年)にこの道が国道246号に指定されると、峠越えの主要な経路として長く使われていきます。

やがて道路の改修が進み、北側により広い新善波トンネルが開通すると、本線はそちらへと移りました。その役目を譲ったかつてのトンネルは、いつしか「旧善波トンネル」と呼ばれるようになります。旧道沿いにホテルが目立つようになったのもこのころからで、峠の風景は少しずつ姿を変えていきました。

「準一君」の名が広まった1965年のバイク事故

この場所が心霊スポットとして語られるきっかけになったのが、1965年(昭和40年)9月2日に起きたとされる痛ましい交通事故です。伝えられているところでは、秦野市に住む当時17歳の少年がバイクで善波峠を走行中、急なカーブを曲がりきれずにトラックと正面衝突して亡くなった、とされています。

ただ、日付や少年の年齢についてはおおむね一致する一方で、どちらの車両がカーブを曲がりきれなかったのかといった細部には、記述に食い違いも見られます。出来事があったこと自体は複数の資料が語り伝えているものの、当時の詳しい状況までは、伝え聞いた内容に頼らざるを得ないのが実際のところです。

「もう死なないで 準一」の看板をめぐる二つの解釈

事故のあと、峠道の近くには「もう死なないで 準一」と書かれた看板と、お地蔵様が置かれたと伝えられています。亡くなった少年の名が準一だったことから、この言葉を目にした通行者の間で憶測や怪談が少しずつ広まり、神奈川でも知られた心霊スポットになっていったようです。

もっとも、看板がどのような思いで掲げられたのかについては、いまも二つの見方が語られています。一つは、亡くなった少年を悼む供養のためという説。もう一つは、同じ場所で事故が続かないよう、通る人に注意を促すために立てられたという説です。

どちらが本当の意図だったのかは、はっきりとは分かっていません。なお、看板そのものは老朽化のため、すでに撤去されています。

現在の通行状況と訪問時の注意点

旧善波トンネルは、現在も徒歩や車で通行できます。すぐ北側を走る新善波トンネルは、2024年夏の台風による斜面崩落で一時通行止めとなりました。その後、雨量規制が設けられていましたが、2026年3月末には解除されています。

一方で、旧道沿いにはホテルが並び、伊勢原市側の旧街道の一部は私有地になっているため、周辺への配慮は欠かせません。道幅は狭く、夜間や悪天候のときは見通しも悪くなるので、無理な立ち入りは避けるのが無難です。

旧善波トンネルのまとめ

旧善波トンネルは、秦野市と伊勢原市の境の善波峠に残る1928年竣工の古い隧道です。国道246号の旧道にあたり、本線が新善波トンネルへ移ったあとも、薄暗い内部と湿った空気を今にとどめたまま、静かに時を重ねてきました。

この場所が心霊スポットとして語られる背景には、1965年に起きたとされるバイク事故と、その後に立てられたとされる「もう死なないで 準一」の看板があります。そして、看板の言葉が怪談を呼び、「準一君道路」の通称とともに語り継がれてきました。

こわい道指数
知名度 ★★★★
噂の量・多様性 ★★★★
裏付けの強さ ★★☆☆☆
現地の雰囲気 ★★★★
体験談の一貫性 ★★★★
※編集部が作成した独自の目安であり、心霊現象の実在を示すものではありません

ただし、語り継がれる内容は、あくまで人づてに広がってきた噂です。確かめられる事実と、噂として楽しむ話とをそっと分けて眺めてみると、この場所がたどってきた道のりが、もう少し落ち着いて見えてくるのかもしれません。

※本記事は現地への訪問・肝試しを推奨するものではありません。

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