三世代の隧道が重なる旧吹上トンネルとは
東青梅駅から成木街道を北へ。車の往来が絶えた旧道に足を踏み入れると、木々に遮られて昼でも薄暗く、どこからか水の落ちる音が響いてきます。その奥で来る者を待つように、ぽっかりと口を開けているのが旧吹上トンネルです。
1953年(昭和28年)に竣工した昭和のコンクリート隧道で、1993年に新しいトンネルが開通するまで、青梅と成木を結ぶ峠道の本線でした。現在は車が入らず、湧水が壁を伝い、坑内はひんやりとした静けさに包まれています。その濡れた壁から手が伸びた、赤ん坊の泣き声を聞いた。旧道を歩いた人たちは、そんな話を語り継いできました。

旧吹上トンネルがある場所
旧吹上トンネルがあるのは、JR青梅線・東青梅駅から成木街道(東京都道53号青梅秩父線)を北へおよそ3km進んだ、標高281mほどの吹上峠です。現在の新吹上トンネルの東側坑口のすぐ脇から右手へ分かれる旧道を進むと、200メートルほど先に入口が現れます。東青梅駅から歩けば、片道50分ほどの道のりです。
名称
旧吹上トンネル(昭和隧道)
所在地
東京都青梅市黒沢〜成木付近(吹上峠)
種別
トンネル(旧道)
周辺環境
成木街道沿いの峠道、山あいの旧道
現在の状況
徒歩・自転車のみ通行可(旧道は遊歩道として開放)
旧吹上トンネルが心霊スポットとして語られる理由
坑口に立つと、湿った空気がずしりと重くのしかかってきます。日の差さない旧道には、車の音も人の気配もなく、聞こえるのは自分の足音だけ。その足音が坑内に反響して、まるで誰かが後ろをついてくるように聞こえます。
さらに奥へ進むと、響くのは水の落ちる音と反響ばかり。この静けさでは、かすかな物音ほど耳に残ります。赤ん坊の泣き声が聞こえる、壁から手が伸びてくる。そんな噂も、あながち嘘ではない気がしてきます。壁面には湧水が伝い、苔むした面が濡れて光っていて、今にも本当に手が生えてきそうです。
もっとも、こうした噂には尾ひれもつきもの。背景としてよく持ち出されるのが、坑口近くの店で起きたという強盗殺人です。ただ、昭和30年代の居酒屋とも終戦直後の茶屋とも語られ、時期も場所も語り手によって食い違います。確かな事件の記録というより、人づてに語り継がれてきた言い伝えなのでしょう。
事件の真偽は定かではありませんが、この場所が全国区の知名度を得たのは、テレビの力が大きいと言えます。霊能力者やタレントが心霊番組で繰り返し足を運び、その映像の積み重ねが、この暗がりに「出る場所」というイメージを刻み込んできました。
明治・昭和・平成、峠道に積み重なった三本のトンネル
吹上峠は、石灰を運ぶ道として江戸時代から人や荷が越えていった峠です。まだトンネルはなく、人々は険しい峠道をそのまま歩いていました。そこに初めて穴が穿たれたのが、1904年(明治37年)の旧・吹上隧道です。レンガを積んだ坑道は、大人がすれ違うのもやっとの狭さ。それでも当時は、最先端の技術で掘り抜かれたものでした。
やがて車の時代になると、狭い明治のトンネルでは対応しきれなくなります。1953年、一段下にコンクリート造りの旧吹上トンネルが開通して本線を引き継ぎ、1993年にはさらに下へ、二車線の新吹上トンネルが開通しました。こうして明治・昭和・平成の三本が、峠に上から順に積み重なっていきます。今も車が通れるのは、いちばん新しい一本だけです。
東京最古の道路トンネル「旧・吹上隧道」のいま
明治期の旧・吹上隧道は、東京で最初に造られた道路トンネルとして知られています。ただし、現在は敷地が私有地であることに加え、老朽化による崩落の危険から、2009年3月に坑口が塞がれ、内部への通行はできません。南側の坑口手前には有刺鉄線のゲートが設けられ、立ち入りが禁じられています。
トンネルへ続く道は青梅市が管理する公道ですが、旧吹上トンネル側から上へ向かうルートは獣道に近く、足元もおぼつかない状態です。心霊スポットとして最も多くの噂が語られるのもこの隧道ですが、そこは今、安全上も法的にも近づくべきではない場所になっています。
茶屋跡と湧水、旧道に残る昭和の名残
旧道沿いには、かつて茶屋として使われていた民家の跡が残っています。1955年ごろまで営業していたと伝えられ、今は井戸や掘りごたつの跡が藪に埋もれ、廃屋となっています。峠を行き交う人が一息ついた場所が、そのまま時を止めたように残っているのです。
この峠は湧水が豊富で、旧道のあちこちで水が染み出し、沢となって流れ落ちています。豊かすぎる水は、明治の隧道が傷んで使われなくなった一因ともいわれます。人の営みが遠ざかり、水音だけが変わらず流れる旧道には、時代に取り残された道ならではの気配が漂っています。
現在の通行状況と訪問時の注意点
旧吹上トンネルの旧道は、心霊スポットとして語られる一方で、現在も都道の一部として遊歩道に開放されており、廃道ではありません。ただし、手前に車止めが設けられ、通行できるのは徒歩と自転車に限られます。一方、上部の旧・吹上隧道は封鎖・立入禁止で、私有地を含むため近づくことはできません。
訪れる際は、周辺が住民の生活圏であることに配慮し、夜間の単独行動や悪天候時の入山は避けたいところです。足元は湧水で濡れやすく滑りやすいため、その点にも注意が必要です。
旧吹上トンネルのまとめ
旧吹上トンネルは、東京都青梅市の吹上峠に重なる三本のトンネルのうち、1953年に開通した昭和のコンクリート隧道です。その上には、東京最古の道路トンネルである明治の旧・吹上隧道が眠り、下を今の車道である新トンネルが通ります。
心霊スポットとして語られるようになったのは、壁から手が伸びる、赤ん坊の泣き声が聞こえるといった噂に、テレビ番組などでの露出が重なったためです。噂の多くは、最古の明治隧道に結びついていますが、そこは現在、安全上の理由から封鎖されています。
| 知名度 | ★★★★★ |
|---|---|
| 噂の量・多様性 | ★★★☆☆ |
| 裏付けの強さ | ★★★☆☆ |
| 現地の雰囲気 | ★★★★★ |
| 体験談の一貫性 | ★★★☆☆ |
強盗事件をはじめ、ここで語られてきた話の多くは裏づけを欠き、いまも伝聞の域を出ません。それでも、百年の歳月をかけて三本のトンネルが掘られたこの峠には、確かな歴史と真偽の知れない噂とが、分かちがたく積もっています。どこまでが本当にあったことで、どこからが噂なのか。その答えは、薄暗く湿った峠の空気の中に、静かに沈んだままです。
※本記事は現地への訪問・肝試しを推奨するものではありません。


